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今もたまに考える。 そしてうっかり声に出して問いかけてしまいそうになる。ただ嬉しそうに駆け寄ってきて、笑顔を向けてくれているのに。不満などない。疎ましいわけでもない。苦手なわけでも、嫌いなわけでもない。けれどいつの間にか言葉にしてしまいそうになっている。 『おまえは俺のことが嫌いなんじゃないのか』と。 きっとあの子は目を丸くして、そして思い出したように悲しそうな眼をするに違いない。そうやって悲しませたことが何度もある。あからさまに表情に出ているのにいつもの笑顔を浮かべようとして失敗した、そんな顔でごめんなさいと謝ってひとりで走って行ってしまう。何度も見た。悪くはないのに謝るあの子を見送りながら、いい気味だと内心で笑っていた。その時はまだ子供の部分が残っていた。すべてを奪い取っていったあの子を疎み、やつ当たりをしていたのだ。今考えるとなんて馬鹿らしいことだ。けれど当時は笑顔で駆け寄ってくるあの子の表情を歪めるその行為が楽しくてしかたなかった。そして反射的に謝るあの子を見てまた苛立ちが募った。 ああ、そうだ。あの時も何度も思ったのだ。走り去っていく小さな背中を見ながら毎回卑屈に考えていた。 『どうせ俺のことなんか嫌いなんだろ』と。 そうだ、思い出せばあの時からこのことを考え始めたのだ。あの後すぐに全部が大人になり、あんな酷いことをすることはなくなった。疎んでいた心は、替わりに愛しさがただ募った。嬉しそうなその笑顔を曇らせたくない、悲しい眼をしてほしくない。まったく正反対になった考え方。けれどあの頃からこの問いだけは口に出せずにいる。所詮意地が悪かった子供の頃からなにも変わっていないのだろうか。 「兄さん」 あの頃よりも低くなった、けれど変わらない柔らかさの声が意識を現実へと戻した。 閉じていた目を開けるといつの間に来たのだろうか、ドアを開けた状態のトーマが心配そうな目でこちらを窺っていた。その表情があの頃のトーマと被りそうで、珈琲を淹れなおすためにイスから立ち上がった。 「いつまでもそんなところにいないで、入ったらどうだ」 はい、と答える声に心配そうな顔がいつもの笑顔に変わっただろうことがわかる。本当にわかりやすい。そして声の音程だけでわかるようになってしまった自分は末期だ。珈琲があまり好きではないトーマのために、ミルクを温めようとコンロに火をつけた。そして考える。いつのまにこんなになってしまったのか。いつのまにこんなにわかるようになってしまったのか。 あの頃は傷つけることになんの躊躇いもなかった。なにが止めているのか。 この問いがすべてを、すべてを止めてしまっているのか。 「――トーマ。」 今この言葉を飲み込んではいけない。止めてはいけない。 あの頃のままではいけない、あの頃ではないしあの頃とすべてが変わったのだから。 「本当は俺のことが嫌いなんじゃないのか」 息を呑む音が聞こえる。だが背中を向けているため表情はわからない。いや、知っている。あの頃によく見た。目を丸くしているはずだ。そして、次は。 ガタッと音がして、次いでバタバタと音が遠ざかっていった。振り返ると閉じられなかったドアの向こうに、駆け去っていくトーマの頭が見えた。きっと悲しそうな眼をしていたに違いない。そして部屋でひとりで泣くのだろうか。そういえば自分は走り去って行った後のことを知らない。だけど、だけどひとりで家以外のどこかで泣いていたに違いない。なぜなら誰が聞いても理不尽なことをして悲しませていたのに、誰にもなにも言われたことがなかった。そうだ、一度たりともなかった。ああ、なんてことだ。もっとはやくに気付かなければいけなかったのに。 二つのカップの湯気越しにトーマが消えた部屋を見て、やっと理解した。 この問いだけは口に出してはいけなかったのだ。 愛しいと思うならなおのこと、なにがあっても飲み込まなければいけなかったのだ。 真っ白なホットミルクを一口喉に流し込んで、トーマに謝るためにドアを閉めた。 この後土下座でもしながらトーマを慰めればいいと思います。 2005/12/22 ZOID(シュバルツ兄弟) |
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